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高知地方裁判所 昭和36年(わ)66号 判決

被告人 川崎雅宏

昭七・五・九生 教員

中田一元

昭七・一二・二生 教員

主文

被告人らは、いずれも無罪。

理由

第一、本件公訴事実。

一、被告人川崎雅宏は安芸郡北川村立小中学校教員を以つて組織する北川村教員組合小島小中学校分会長、被告人中田一元は同小中学校分会所属組合員であるところ、右北川村教員組合は、元同村教員組合長で小島小中学校長であつた坪田実外一名が、昭和三五年八月三一日校長より教諭に降任され、且つ坪田実が同年九月一日安芸郡外転任を命ぜられたのに反対して、その処分撤回並びに転任延期を要求する闘争を推進する目的で、昭和三五年九月一五日年次有給休暇に名を籍り同村教育委員会の承認を受けず全員一斉に一日就業を放棄し、いわゆる一〇割休暇闘争なる同盟罷業を行つたものであるが、被告人両名は右北川村教員組合傘下組合員である北川村立小中学校教員をして右闘争を行わせるため共謀の上、同年九月一二日同村野友所在の北川中学校に於て開催された同村教員組合臨時総会の席上、同校外八校の同村立小中学校教員約三〇名に対し、

(一)  被告人川崎雅宏は、坪田校長等の降任処分撤回並びに転任延期を要求してしばしば北川村教育委員会と交渉したが、同教育委員会に誠意がないので要求貫徹のため北川村教組全体で一〇割休暇闘争を実施してもらいたい旨提案強調し、

(二)  被告人中田一元は、右発言を承けて、これまでのような地教委交渉では十分な話合にならないので要求貫徹のため一〇割休暇闘争を行い地教委交渉を為すべきである旨強調し、

夫々前記一〇割休暇闘争への参加方を慫慂し、以つて地方公務員たる北川村立小中学校教員に対し、同盟罷業の遂行をあおつたものである。

二、予備的訴因を追加して、

前記一、の冒頭より(二)欄の末尾の「為すべきである旨」までは同一であるから、これを引用し、その以下に「賛成意見を述べて強調し」と付加し、「それぞれ前記一〇割休暇闘争への参加方を慫慂した上、上居包光外前記教員約三〇名の大多数の賛成を得て右一〇割休暇闘争を遂行すべき旨協議決定し、もつて同人等と同盟罷業の遂行を共謀したものである。」とした。

第二、当裁判所の認定した事実

一、本件発生当時における高知県安芸郡北川村(以下単に北川村という)村立小中学校の概況と北川村教員組合(以下単に村教組という)の組織等。

当時北川村内には、村立小学校六校(北川、小島、島、久木、木積、菅ノ上の各小学校及び菅ノ上小学校の分校(竹屋敷分校)村立中学校三校(北川、小島、島の各中学校)が設けられていて、その内小島小、中学校と島小中学校は、小中学併設校であり、その教員数は合計四五名で、生徒総数は約九五〇名であつた。

村教組は、右北川村立各学校の教員をもつて組織された単位組合で、組合員数三九名であり、高知県教員組合に加盟し、安芸郡には、安芸郡教員組合が設けられ、各地区別に四区の支部が置かれ、それらは管轄下における各単位組合相互間、各単位組合と県教組等との連絡提携に当り、村教組は第三区支部に属していた。

村教組の組合長は坪田実(同人の転任発令後上居包光が同代理を行う)副組合長は西尾国治、書記長は吉岡実雄で、各学校毎併設校は一校扱い、分校は本校と併合)に計七分会に分かれ、各分会長が置かれ、組合が闘争状態に入つた場合には、右三名の執行部に各分会長を加えて闘争委員会としていた。

当時被告人両名はいずれも小島中学校教諭で、村教組小島小中学校分会に所属する組合員で、被告人川崎は昭和三五年九月一日より、同中田は同年四月より八月迄、右分会の分会長を勤めていたが、いずれも従来組合役職の経験はなかつたものである。

二、本件に至る迄の概要。

昭和三三年六月頃、高知県教育委員会(以下単に県教委という)の勤務評定規則制定以来、県教組は激しくその反対闘争を行ない、昭和三四年度の勤評提出期限迄には安芸郡下の全校長が勤評を提出せず、さらにその年度末である翌三五年三月末になつてもなお三七名が不提出であり、昭和三五年八月末日迄に提出すれば不処分にする旨の働きかけにも応じなかつた北川村小島小中学校長坪田実、同久木小学校長柳瀬増男を含む安芸郡下八名の校長に対し、同年八月末日付で昭和三四年度勤評書不提出を理由として全員降格の処分がとられ、その内右坪田実のみが同年九月一日付で吾川郡伊野町勝賀瀬小学校教員として郡外転出の処置がとられた。

右坪田実は、昭和三二年頃迄安芸郡教組の書記長をしていた活動家で、昭和三四年四月北川村に赴任以来村教組の中心として、村教委に対し、各学校の要求をまとめた北川村の教育白書を作成提出し、緊急の校舎増築に際しては父兄等と共に村議会に陳情に行き直ちに工事に着手させたり、その他、運動場施設、簡易水道の設置を図る等、教育行政について極めて熱意をもち、他の教職員及び父兄等を指導し活溌な活動を行い、その教育環境の改善に努力し、着々その成果を挙げて、北川村の教員父兄等の尊敬と信頼を集めていた。

一方村教委は、従来から時々村教組との約束を一方的に破棄し所在をくらませる等村教組に対し不信の念を懐かせる行為があり、その教育行政に対しとかく批判のまとになり、県教組においても注目警戒されていた。

昭和三五年七月初め頃北川村内に、坪田、柳瀬両校長に対し、勤評不提出を理由とする処分内申を村教委が出した(実際は同年三月二一日附提出)旨の情報が流れ、教員父兄間に処分阻止運動が起り、七月二〇日父兄等の要請により村教育行政に関する公聴会が、村教委田中教育長ら出席のうえ開かれ、その結果処分内申の取り下げのため七月二二日バス一台を仕立てて、教員父兄と共に田中教育長らが高知市の県教委迄行くことになつたが、その際田中教育長が前記公聴会の席上での発言と異なり、案内してきただけであるといつたことから、更に教員父兄の憤激を買うことになつた。その後も処分阻止運動として教員父兄らの陳情署名運動等が行われたが、その間七月二三日頃村教委において坪田は行政の癌であり他の校長の今後の動きにも邪魔となるのでこの際思い切つて郡外転出をさせるべきであると決定し、同人の郡外転出が計られた。

三、本件一〇割休暇闘争の経緯

坪田、柳瀬に対する八月三一日付降格処分、坪田に対する九月一日付の郡外転出処分が発表されるや、右各処分特に坪田に対する学年半ばにおける郡外転出処分に対し、村教組は闘争委員会を設置し、不当労働行為としてその撤回闘争を行うことになり、郡県教組においてもそれを支援することとなり、又父兄間においても坪田校長を守る会が結成された。

九月二日安芸郡田野町において開かれた安芸郡地教委連絡協議会に出席した村教委田中教育長、手島委員長のもとに被告人両名を含む村教組、郡教組員らが押しかけ、坪田、柳瀬両校長の処分、特に坪田転任の理由説明とその取り消しを要求した。

九月五日開かれた闘争委員会(被告人川崎も小島分会長として出席)において、右闘争の戦術として雑務拒否、村教委の不信任退陣要求、一〇割休暇闘争等が検討され、各分会討議を経たうえ次の闘争委員会で集約することになり、各分会での討議を経たうえ、同月八日の闘争委員会において検討され、大勢は一〇割休暇闘争もやむを得ないとの意見であつたが、北川小中、木積小学校の分会からは分会討議が行われなかつたから、校下父兄に対する働きかけが不充分である旨の発言があり、更に一層慎重討議を行うため臨時総会にかける旨決定した。更に当日北川村役場において被告人両名を含む村教組代表が、村教委に対し特に坪田の郡外転出取り消しを要求した。

九月一二日北川中学校において村教組員の殆んど全員約四〇名が出席して開かれた村教組臨時総会において、後記認定のとおりの経緯により、一〇割休暇闘争戦術が満場一致で可決され、日程については更に村教委との交渉による解決努力を重ね、その結果により実施を決めることになり、同日午後一〇時頃より手島委員長宅において、村教委に対する村教組代表による交渉が行われ、父兄多数も参加し、降格処分、転任はいずれも認めるが、少くとも坪田の転任を学年の変る翌三六年三月末迄事実上延期することを黙認してほしいと要求し、結局翌朝回答するとのことになつたが九月一三日朝いずれも要求を拒否する旨の回答が出され、その後、田中教育長、手島委員長が不在になつたため、同日闘争委員会で、九月一五日一〇割休暇闘争を実施する旨決定し、翌一四日各学校において村教組員が校長宛に休暇届を提出し、その旨を知つた手島委員長が田中教育長と連絡のうえ、北川村立小学校及び中学校の管理運営に関する規則第一三条第二項に従い、北川小中各学校長には文書で、他の各学校に対しては校長乃至校長事務代理宛に電報で、一斉休暇を許可してはならない旨通知したが、九月一五日村教組員は全員一斉に休み、殆んど全員が北川中学校において行われた坪田、柳瀬両校長処分撤回転任反対集会に参加し、北川小中各学校では、前日校長が登校するよう指示したので登校して来た生徒に、各校長が約一時間の自習をさせたうえ帰校させ、他の各学校においては教員より前日休校の連絡があつたので登校した生徒はなく、授業が行われなかつた。

四、本件公訴事実に対する判断。

1.被告人川崎に対する事実

九月一二日は、予め村教委に対して研究日として届け出られ、村教組主催の研究集会として午前一〇時頃より開催され、議長として北川小学校仙頭英之、北川中学校枦山健造が選出され、約一時間位教育課程改訂の問題について説明討議がなされた後、午前一一時過頃より引き続き村教組臨時総会に切り替えられ、浜田義之、郡教組書記長、岡崎徐八三区支部書記長らの勤評反対闘争における処分経過現状等についての報告等がなされ、その後に被告人川崎より一〇割休暇闘争についての発言が行われたものである。しかし右発言は、検察官主張の如く被告人川崎が組合員個人として発言したとは認められず、右臨時総会開催の重大なる目的である一〇割休暇闘争についての議事が、一組合員が突如提議するが如きは考えられず、当時組合長資格の坪田は当面の当事者であり、組合長代理の枦山は議長席にあり、副組合長は闘争委員会に余り出席しなかつたこと、坪田が小島小中学校校長であり、同分会長たる被告人川崎が闘争委員会および同分会の事情に通じていたこと等から村教組執行部に代つて議事提案をしたものと認められる。その発言内容については、検察官主張は起訴状記載、冒頭陳述、論告においていずれも違つており、又本件全証拠によるもその言句の詳細について明らかにすることはできないが、大要は従来の闘争委員会の内容、村教委交渉の経過等を入れ、本件処分の撤回要求、村教委の退陣要求の戦術の一つとして一〇割休暇闘争を提案したものと認められ、その口調態度が常と変つて激しいものとはいえず、むしろおだやかなものであつたと認められる。又右提案が被告人中田と共謀のうえであることは全く認めるに足る証拠はない。

右提案ののち、各意見発表が行われ、初めは各分会代表の形で意見が出されたが、その討議の際仙頭が議長席よりおりて、北川では父兄と事前協議する旨の約束があるから問題があると消極意見を述べた後、北川小学分会所属の各教員および北川校下在住の教員をはじめ個人の意見も自由に出され、前記仙頭の消極意見を除く外はすべて賛成意見であつて、又女性教員も数多く発言する程自由なふんい気で約二乃至三時間の討議を経たうえ挙手による採決をとられ、全員一致(但し仙頭は議長として採決に加わらず)で前記記載のとおりの議決をなしたものである。

2.被告人中田に対する事実。

前記総会の席上における議事進行過程において、田中教育長が菅ノ上に行つているとの報告があり、総会の席上ではあるが、当面の交渉相手であり従来から同人は所在不明になることが多いことから直ちに代表団を選出して交渉に行く旨の動議が出され、郡代表、支部代表、村教組代表(浜田郡書記長、西岡三区副支部長、吉岡村書記長)と共に坪田、柳瀬両校長の所属分会である小島、久木各分会の代表として、被告人中田が久木分会立田と共に選出され、以上五名が代表団として出発し総会終了に至る迄総会の席には帰つて来なかつたのである。被告人中田を含む右代表団が総会の席を出発した時期と、前記一〇割休暇闘争が総会議事に上程された時期と何れが早かつたかについては、第一四回公判調書中の証人立田清晴、第一五回公判調書中の証人中村清美、同岡崎徐八、第一六回公判調書中の証人仙頭英之の各供述記載部分によると一〇割休暇闘争の提案がなされてその討議中に右代表団が出発したことになり、特に右立田証人は代表団の一員として選出され、他の代表と共に菅ノ上に出発した者でありながら、一〇割休暇闘争についての討議をきいた記憶を有しているのである。しかしながら右記憶もあいまいな点が多く、他の証拠もいずれも不明確である。一方第二〇回公判調書中の証人浜田義之、第二一回公判調書中の証人柳瀬増男、同井津真喜、同上居包光、同松本千鶴意の各供述記載部分、当裁判所の証人坪田実に対する証人尋問調書、証人枦山健造、同岡田カズ子の当公判廷における供述によれば代表団が先に出発したことになる。

しかし、右の点は仮りに検察官主張のように、一〇割休暇闘争の提案後に右代表団が出発し、被告人中田が右討議に参加していたものとしても、被告人中田が発言したか否か、仮りに発言したとしてもその内容如何については、本件全証拠によるもこれを明らかにすることができず(代表団の出発が討議中であつた旨の前掲各証拠によるも、いずれも被告人中田の発言があつたかなかつたかについてすらはつきりしていない)又被告人川崎の発言が被告人中田と共謀のうえなされたことについての証拠は全くない。更に本件予備的訴因である決議による共謀の際には被告人中田がいなかつたことは明らかである。

従つて被告人中田については、検察官主張の訴因該当事実(予備的訴因を含めて)が認められず、爾余の点を判断する迄もなく、結局罪とならないものである。

第三、証拠(略)

第四、弁護人は、地方公務員法(以下地公法という)第六一条第四号は、日本国憲法(以下憲法という)第一八条、第二八条、第三一条に違反する旨主張するので、この点について判断する。

一、地公法第六一条第四号は、何人たるを問わず、地公法第三七条第一項前段に規定する違法な行為の遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者に対し、三年以下の懲役又は一〇万円以下の罰金に処する旨規定する。そして共謀とは、二人以上の者が地公法第三七条第一項前段に規定する争議行為等を行うため、共同意思のもとに一体となつて、互に他人の行為を利用し各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなすことであり、そそのかし、若しくはあおりの概念も、いわゆる教唆せん動と同義であつて、地公法第三七条第一項前段所定の争議行為等を実行させる目的をもつて人に対し、その行為を実行する決意を新たに生じさせるに足る慫慂行為をなし(そそのかし)、又実行する決意を生じさせ或は既に生じている決意を助長させるような勢いのある刺激を与えること(あおり)、をいうのであつて、これらの行為を企てるとは、右共謀そそのかし、又はあおる行為の準備をすることをいうものであること明らかである。

而して、地公法第三七条第一項前段に規定する争議行為等は、職員の個別的な欠勤、遅刻、早退等を指すものではなく、職員の団体により団体行動として行なわれるものであり、それが組織的統一的な行動である以上、通常組合執行部役員らによる発議、討議、勧誘、説得、打合せ、指令及び組合大会による決議を経て実行されるものであり、かかる行為を前提としない争議行為の事例は考えられないところである。

右のような争議行為に通常随伴する諸行為は、地公法第六一条第四号に規定する諸行為の前記一般的定義に従う限り、まして共謀をも含ませているにおいては、何らかの形において殆んど同号に該当することとなり、ひいては殆んどすべての争議参加者が処罰されることになり、地公法第六一条第四号は、実質上刑罰をもつて争議行為を禁止し、争議行為を実行した職員の殆んどすべてを処罰するに至る極めて包括的な規定であるといわなければならない。

従つて、右規定の合憲性を判断するには、後に詳記するとおり、個々の行為即ち共謀、あおり、そそのかす等の行為を、争議行為から切り離して考慮することはできず、右諸行為の可罰的禁止は、実質的に争議行為の可罰的禁止となるのであるから争議行為自体の可罰的禁止についての憲法上の許容性を判断しなければならない。

二、憲法第二八条との関係

憲法第二八条は、勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利を保障する。そしてここにいう勤労者とは労働者と同義であり、職業の種類を問わず、自己の労働力を提供し、その対価として受ける賃金給料その他これに準ずる収入を得て生活する者を指し、地方公務員も亦これに含まれる。従つて地方公務員も憲法第二八条の保障する労働基本権を享受すべきものであり、その保障は、立法その他の国政の上で、最大に尊重されなければならない。しかし、これらの権利も決して無制限なものでなく、他の基本的人権乃至は利益と矛盾衝突する場合にあつては、その間の実質的公平な調整を行なわなければならず、かゝる調整原理としての公共の福祉による制約を受けることあるもまたやむを得ないところである。しかし、公益は私益に優先するといつた類の一般的抽象的な価値評価によつて制限剥奪することは許されず、制約を受けたことによつてもたらされる利益とこれによつて失われる利益とを具体的に比較して判断されねばならず、しかも単に争議行為を禁止するのみに止まらず、争議行為者乃至は争議行為に通常伴なう行為を行なつた者に対し刑罰をもつて臨むには、争議行為の保障された歴史的経緯に照らしても、最も強い合理的な理由、即ち生命等に対する現実明白な著るしい侵害があり、その他真に已むを得ないような理由が存在し、且つその範囲も必要最小限度に止まるべきであることが要求せられる。

地方公務員に対する右労働基本権に制限について考えてみるに、地方公務員は、地方公共団体の住民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ職務の遂行に当つては全力を挙げてこれに専念しなければならないとされ、その公共性により職務の適正公平性を確保するため服務上刑法上も各種の制約が課せられており、又その勤務条件は住民の代表者である地方議会の定める条例によつて定められ、住民は使用者として地方公務員の奉仕によつて福祉を享受するのであるが、右はいずれも地方公務員が住民の信託によつてその職務を遂行することからくる職務の特性とその責任によるものである。かかる職責の特殊性のため、公務員の労働関係は、一般私企業のそれと同視することは妥当を欠くものといわねばならない。その故に、地方公務員については一般私企業におけるのと異なり、実定法上その労働権について各種の制限がなされている。

そこで、本件につき、先ず問題となる地方公務員法第三七条第一項の争議禁止について、みるに、地方公務員は前記のとおり住民全体の奉仕者として地方公共の利益のために全力を挙げてその職務を遂行すべき職責があることと、労働権は所謂生存権的基本権であつて、他の生存権的基本権により享受する利益との比較較量により、ある程度の制限をうけることは、権利そのものに内在する性質のものであるから、地方公務員の勤務条件改善のため代償措置の制度が設定され、その成果は現在必ずしも満足すべきものとはいえないが、しかし相当の措置が行われている点と、地方公務員の争議行為により受ける住民の精神的物質的利益の喪失も看過できないので、これらの事情を考慮すれば、右法条による争議行為の禁止も、結局は公共の福祉に適合するものであつて、憲法第二八条の保障規定に反するものとはいえない。

しかし、公務員の争議行為を禁止することが右法条に違反しないとしても、その争議行為を為した者に対して刑罰を科することもまた同法条の許容するものであるとはたやすく判断できない、この点については憲法第一八条第三一条とも関連するので後述することとする。

三、憲法第一八条及び第三一条との関係

憲法第一八条は、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられないと規定している。

その意に反する苦役とは、本人の意思に反して強制される労役をいい、本条は、労務提供の公権力による強制の禁止の原則をかかげたものであつて、特に公務員を除外する理由はなく、個別的な労務の不提供に対し刑罰をもつて臨むことが、本条に違反することは明らかである。

本条の由来するところのアメリカ合衆国憲法修正第一三条の歴史的沿革からみれば、争議行為の集団的組織的行動の側面を対象とする限りにおいては、争議行為の禁止は本条に直接関係しないとも考えられるが、争議行為が、労働放棄の自由、集団的行動の自由を基礎とすること、我国における雇傭関係の実態等に着目するならば、争議行為をなした個々の労働者に、争議行為に参加したことを理由として刑罰を科することもやはり原則として本条に違反し、この理は、争議行為の集団的団体的統一的性格から、争議行為に通常不可分な随伴的行為に迄及ぼさるべきものである。

次に憲法第三一条は、刑罰を科するには、法律の定める手続によることを保障し、右は単に刑事手続が法律に根拠を有することだけを要求するに止まらず、その刑罰法規の内容が適正且つ合理的なものであることも必要とするものである。

何が適正且つ合理的であるかは、困難な問題ではあるが、憲法の各規定は勿論、憲法の精神、憲法的秩序から判断されねばならない。

そこで、まず、注目されねばならないのは、地公法第六一条第四号が、争議行為自体を処罰の対象とせず、その前段階行為である共謀、あおり、そそのかし等の行為を処罰していることである。

この規定の趣旨は争議行為の原動力となるこれらの行為を犯罪として刑罰の制裁をもつて臨み、争議行為を事前においても厳に禁遏しようとするものであると思われる。一般的に共謀の如き予備的段階の行為を処罰し、或は教唆せん動を本犯の実行々為の有無に関係なく独立して処罰するには、その実行々為が重大な犯罪行為である場合に限り、かかる犯罪の予防を目的として認められるのであり、その実行々為が可罰的違法性がないのに、それを防止するために、前段階行為を処罰することは、その合理的根拠を欠くものといわねばならない。

そこで、先ず、地方公務員の争議行為の態様を考察するに、争議の目的手段方法により、又その職務の種類により、その地区或は社会一般に与える影響は、その範囲においても、また、その程度においても極めて、区々たるものがあり、一概に評価することはできない。

これを例えば、職務の内容が主として労力の提供をするにすぎない特定の職場の雇傭員の組合が、争議行為をしたとしても、その与える影響と職務の代替性の容易なることとうを考慮すれば、その争議行為の違法性は比較的軽微なものと認めざるを得ない。したがつて、その争議行為の共謀者やせん動者を右地公法第六一条第四号により一律に処罰し得るものとすれば、憲法第二八条、第一八条の前記各趣旨に照し、同法第三一条の要請する適正且つ合理的なものとはいえないのみならず、右争議行為と何等性質の異ならない地方公営企業体の職員の争議行為においては、その共謀者せん動者らを処罰する規定のないことなどと比較考慮すると、実定法上も前記の如き争議行為には、右地公法はその適用がないものと解せざるを得ない。このような争議行為については、仮りに、その関与者を懲戒処分等に処するに足りる違法性があるとしても、それが可罰的違法性にまで達するものとは思考されない。

又一方警察職員や消防職員らのように直接社会公共の秩序維持に専念すべき職員が、その職務を一斉に抛棄する争議行為をするにおいては、その結果は住民の生命身体財産等に対し現実明白な危険が発生するので、かかる争議行為の違法性は顕著であつて、この種争議行為を禁遏し、これに違反する職員に対し刑罰を科することは公共の福祉を維持することからして、合理的な根拠があるものと認められる。

その他地方公務員の争議行為の中には、その職務の性質上、地方行政ひいては国家の行政を麻痺させ地方及び国家秩序を破壊する危険性を有し公共の福祉に反する違法なものがあり、これらの争議行為については、その行為者に対し公務員としての資格を剥奪するだけでは足りず、これに対し刑罰をもつて取締る必要がある。このように住民の生命身体に直接危険を及ぼし又地方行政を甚だしく攪乱させて住民の福祉に重大な侵害を加え、住民全体の奉仕者たるべき公務員が、その住民の信託関係を著しく破壊するが如き争議行為は、その行為自体に可罰的違法性があるので刑罰をもつてこれを禁止せざるを得ないといわねばならない。

従つて、実定法上、かかる争議行為については、その原動力となる共謀者せん動者らを争議行為実行の前段階において処罰するが、それに反し、彼等に追随して実行行為に参加した者を不処罰にするとしても、これは専ら、立法政策上の問題であつて、そのために、これらの争議行為の可罰性に関する本質に変化をきたすものではない。

しからば、かかる争議行為について、その行為者を処罰することは、憲法第二八条第一八条に違反するものとはいえず、従つて同法第三一条の要請する適正且つ合理性を失うものではない。

四、以上説示した各憲法規定の考察を前提として、更に地公法第六一条第四号につき考察するに、同規定を先に見たように、一般的一律にすべての争議行為につき、その参加者を殆んどすべて処罰するものと解するならば、憲法第二八条第一八条第三一条に違反し、違憲の規定であると断ぜざるを得ないが、右規定を形式的な文理解釈に固執せず、前記憲法の諸原則に反しないよう適正且つ合理的に解釈すれば、既にみたとおり、憲法上争議行為に刑事罰を科すことが許容せられる場合がある。

ところで、右地公法はその構成要件上争議行為の実行行為は不処罰にしているから、実行行為そのものは本質的に可罰的違法性を欠くものであるから、そこに所謂共謀、あおり、そそのかす行為というものは、争議行為に通常随伴する行為を除外し、極めて強度の違法性を帯びたもののみが処罰せられるとの洵に傾聴に値する見解があるが、一般に争議行為は、その性質上組織的団体的統一的行動であるから、前記事例のような危険性のある争議行為といえども、通常各機関における発議、討議説得及び採否の決議、それに基く指令等の諸行為を経て実施されるものであり、且つそれら一連の行為は民主的に行われ、一部の者による脅迫あるいは欺罔等の違法手段により組合員の意思が集結されるということは全く異例のことといわねばならない。かかる異例な事実を処罰するために本規定が制定されたとは速断できない。

地公法第六一条第四号は「何人たるを問わず第三七条第一項前段に規定する違法な行為の遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者」と規定し、これを字義どおりに解するならば、その主体が職員であると第三者であるとを問わず、又共謀の点について考えても、例えば組合大会において、争議実施の可否が討議され、その討議が民主的に且つ平穏慎重に行われ、その結果参加全員一致で実施の決議があつた場合、右全員の討議及び決議が、共謀に該当しないものと解することは困難であろう、すると結局、実行者全員が共謀という点で処罰を免がれないこととなる。

したがつて、争議行為の特質上、右の諸行為を個別的に分解して、その可罰的違法性を評価するならば、結局争議行為そのものの可罰的違法性の存在を前提とすることとならざるを得ない。

それで、本条の処罰規定が合憲性を取得するには、先ず、その目的たる争議行為の可罰性そのものが合憲性を許容される場合に限定されるものと解するを妥当とする。

憲法上可罰的違法性の許容せられる争議行為と、しからざる争議行為の区別は、必ずしも容易ではなく、ひいては憲法第三一条の要求する明確性の点につき疑がないとはいえないので、憲法上可罰的違法性の許容せられる争議行為の範囲内で、立法による具体的解決を計ることが希ましいが、元来争議行為そのものが多様性に富み、公共の福祉による制約自体も一義的解決を許さないものであるから、前記憲法上の諸規定およびその精神を慎重に考慮し、なお、地公法第六一条第四号及びこれと同旨の国家公務員法第一一〇条第一項第一七号の制定されるに至つた経緯や、自衛隊法第一一九条第六四条第二項、公共企業体等労働関係法、地方公営企業労働関係法等の実定法の意義及び労働者の権利の確立の歴史的過程等を配慮すると、地方公務員の争議行為が可罰性を有するに至る限界は、争議行為の目的が勤務条件の改善には直接関係なく、専ら特定の政治的主張を達成する手段として行われ、従つて、その争議解決については、当該地方行政庁の管理当局の権限を遙かに超え、全く解決のつく余地のないものであつて、しかも、その争議行為については、労働法上の諸原理の適用の範囲を逸脱し、その結果争議行為禁止の代償措置もその効果がない所謂純然たる政治ストの場合や、前記のとおり職務の性質上争議行為により住民の生命身体財産に対し明白な侵害を及ぼすか、争議の手段方法が常規を逸し、地方行政を攪乱させ住民の福祉に直接且つ明白な著しい損害を与え、その争議参加者に対し公務員の資格を剥奪して住民全体との信託関係を排除しただけでは、争議禁止の目的を達せられない強度の違法争議である点に限定されるものというべく、地公法第六一条第四号の違法な行為とは、結局同法第三七条第一項前段の争議行為中右の可罰的違法性ある争議行為を指称するものと解するを妥当とする。

そうして、具体的な争議行為につき、それが可罰的行為であるかどうかの認定は、右の事例に照し、結局良識ある判断と社会通念による外はないが、それが必ずしも困難であるとはいえないので、右地公法第六一条第四号が憲法第三一条の明確性を欠くものとは断定できない。

第五、被告人川崎の行為と地公法第六一条第四号の該当性。

一、地公法第三七条第一項前段に規定する同盟罷業とは、職員の団体が、当局者側の管理意思に反し、その職員の労務の提供を集団的に停止させ、当該地方公共団体の業務の正常な運営を阻害する行為をいい、本件はいわゆる一〇割休暇闘争といわれるものであつて、村教組員が一斉に有給休暇の請求をなし、校長ないし教育委員会の時季変更権の行使の有無にかかわらず、集団的に労務の提供を停止しようとするものであつて、それにより児童生徒に対する教育活動が不可能ないし著るしく困難な状態になること明らかであり、右にいう同盟罷業に該当することは、詳論する迄もなく、また判例上も争いのないところである。

二、次に本件同盟罷業について考察するに、国民の教育を受ける権利は基本的人権として憲法第二六条により保障され、教育の重要なることに鑑み、その目的方針等につき、とくに、教育基本法が制定され、教育行政に関しても、学校教育法、地方教育行政の組織及び運営に関する法律等により教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立が要請され、そのため、地方行政中教育行政が極めて重要な地位を占めていること、又、教育を担当する教員についても、その職務と責任の特殊性につき、右教育基本法の外、教育公務員特例法、義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法が設けられて、教育職員の服務規律と自主性の擁護が確保されているのみならず、児童生徒の教育については、その父兄は教員に対し全幅の信頼をし、地方公務員中においても教員はその住民の最も厚い信託を受けているものである。したがつて教職員が授業を抛棄し一斉休暇闘争をすることは、その範囲程度の如何にかかわらず、世論を喚起し、屡々社会の非難を招き、その違法は決して軽視すべきものではない。

当裁判所は右のことを十分考慮しながら、本件同盟罷業については次のような判断をせざるを得ない。

本件一〇割休暇闘争は前記第二において認定したとおり、坪田、柳瀬両校長の降格処分及び坪田の郡外転出命令にその端を発し、これら処分の撤回を求めるにあつたが、最後の段階においては、右坪田の郡外転出の延期を求めることに縮少され、これが村教委側に認容されない場合には已むを得ず一〇割休暇闘争を敢行することとし、それに加うるに右坪田は熱心な教育活動家であり、村教委側とは教育行政につき意見が合わず、その上同人が村教組の組合長の地位にもあつたので、他の教職員に対する考慮から、村教委側としては、同人を郡外に転出を命じたもので、教職員側では、これを不当労働行為であると思惟し、著しくその感情を刺激したこともあつて、全員が一〇割休暇闘争に参加するに至つた事情が窺われること、次に右休暇闘争は一日で終了したものであつて、そのために同村の各学校における教育課程に重大な影響を及ぼし、児童生徒の学習に著しい混乱を来たしたことは認められない。

その他前記第二に詳しく認定した諸事実を考慮すれば、本件同盟罷業は、地方公務員法第六一条第四号に関する前示見解に照すと、可罰的違法性のあるものとは認められず、結局同法条に所謂違法な争議行為には該当しない。

しからば、被告人川崎の前記認定の所為は爾余の判断をするまでもなく、右地公法第六一条第四号に該当しないものといわねばならない。

第五、以上判断したとおり、被告人両名に対する本件各被告事件は、いずれも罪とならないか犯罪の証明がないものであるから、刑事訴訟法第三三六条に従い、被告人らに対し無罪の云い渡しをすることにする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 呉屋愛永 野曽原秀尚 吉田訓康)

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